浅葱色の計算用紙

数学(広義)を扱っています。

中和滴定を微分してみた

今週のお題「わたしのインターネット歴」

この記事は日曜数学アドベントカレンダー13日目の記事です。

昨日の記事は、unaoyaさんによる

unaoya-pi.hatenablog.comでした。

 

注意:この記事の主題は化学です。12月13日にちなんだ素数大富豪の記事を期待した人はブラウザバックしてください。

注意:この記事は、前提知識として高校化学(基礎ではない)を必要とします。

エラー:この記事の本体は高校レベルの関数の微分であり、他の記事に比べてクオリティが低いです。すみません。 

 

私は滴定曲線に対して、ある疑問を抱いていた。というわけで、次の図を見てほしい:

f:id:itonayuta60:20171202072237j:plainf:id:itonayuta60:20171202072245j:plain

(各図はWikipedia「中和滴定曲線」のものを使用した。左図は0.1mol/L塩酸10mLを0.1mol/L水酸化ナトリウムで中和、右図は0.1mol/L酢酸10mLを0.1mol/L水酸化ナトリウムで中和したときの滴定曲線だと記されている。)

 

(1)左図において、10.00(V/ml)の点でグラフの接線がpH軸に平行になっているように見えるが、それは本当なのか?

(2)右図において、0.00~5.00(V/ml)の部分の曲線が上に凸になっているように見えるが、その部分では微分係数はどうなっているのか?

本記事では、これらの問題を解くことにする。

 

以下、簡単のため1mol/L塩酸(または酢酸)1Lを1mol/L水酸化ナトリウムで中和するものとする。

 水のイオン積は10^-14(定数)、塩酸と水酸化ナトリウムの電離度は1(定数)とする。

横軸には加えた水酸化ナトリウムの量(単位はL)、縦軸には水溶液のpHをとることにする。

(1)強酸と強塩基の滴定

\([\mathrm{H}^+]\)を求める

\( x \)LのNaOHが加えられたとする。このとき、水溶液は合計で\( 1+x \)L存在する。

 このとき、水溶液中には元々H+が1molあったところにOH-が\( x \)mol加えられた。

また、H+とOH-は適宜中和して\([\mathrm{H}^+][\mathrm{OH}^-]=10^{-14}\)になるように調整されるので、中和したH+とOH-の量を\( t \) molとすると、H+は\(1-t\)mol,OH-は\(x-t\)mol残っているので、

\( \frac{1-t}{1+x} \frac{x-t}{1+x} =10^{-14} \)  が成り立つ。

これを解くと、

\( (1-t)(x-t) =10^{-14}(1+x)^2 \)

\( t^2-(1+x)t+x-10^{-14}(1+x)^2=0 \)

\( t=\frac{(1+x)\pm\sqrt{(1+x)^2-4x+4\cdot10^{-14}(1+x)^2}}{2} \)

よって、\( [\mathrm{H}^+] = \frac {1-t}{1+x} \) であるから、

 \( \begin{eqnarray} [\mathrm{H}^+] &=&\frac{1-x\mp\sqrt{(1+x)^2-4x+4\cdot10^{-14}(1+x)^2}}{2(1+x)} \\ &=&\frac{1-x\mp\sqrt{(1-x)^2+4\cdot10^{-14}(1+x)^2}}{2(1+x)} \end{eqnarray} \)

 \( [\mathrm{H}^+]>0 \)より、\( [\mathrm{H}^+]=\frac{1-x+\sqrt{(1-x)^2+4\cdot10^{-14}(1+x)^2}}{2(1+x)} \) となる。

 検算

\( x \rightarrow 0 \) と \( x \rightarrow \infty \)での極限を求める。

\( x \rightarrow 0 \) のときはそのまま\( x=0 \) を代入することができ、

\( [\mathrm{H}^+]=\frac{1+\sqrt{1+4\cdot10^{-14}1}}{2} \simeq 1 \)

となる。(水の電離があるため正確に1にはならない)

一方、\( x \rightarrow \infty \) のときもそのまま極限を取ることができ、

\( \begin{eqnarray} [\mathrm{H}^+]&=&\frac{\frac{1-x}{1+x}+\sqrt{(\frac{1-x}{1+x})^2+4\cdot10^{-14}}}{2}  \\ &=& \frac{-1+\sqrt{1+4\cdot10^{-14}}}{2} \simeq 10^{-14} \end{eqnarray} \)

となる。(2行目の\(\simeq\)では\(\sqrt{1+\epsilon}\simeq1+\frac{\epsilon}{2}\)という近似を使った)

 (水の電離があるため正確に10^-14にはならない)

pHの微分

 NaOHを\(x \)L加えた時のpHを\( y \)とすると、

\( \displaystyle{ \begin{eqnarray} y&=&-\log_{10}{\frac{1-x+\sqrt{(1-x)^2+4\cdot10^{-14}(1+x)^2}}{2(1+x)}} \\ &=& \log_{10}{2} + \log_{10}{(1+x)} - \log_{10}{\left(1-x+\sqrt{(1-x)^2+4\cdot10^{-14}(1+x)^2} \right) }  \end{eqnarray} } \)

 であるから、この式を\(x\)について微分する。

\( \begin{eqnarray} \frac{dy}{dx} &=& \frac{1}{\log{10}}\left( \frac{1}{1+x}-\frac{-1+\frac{-2(1-x)+4\cdot10^{-14}\cdot2(1+x)}{2\sqrt{(1-x)^2+4\cdot10^{-14}(1+x)^2}}}{1-x+\sqrt{(1-x)^2+4\cdot10^{-14}(1+x)^2}} \right) \end{eqnarray}\)

これに\(x=1\)をそのまま代入すると、

\( \begin{eqnarray} \frac{dy}{dx}&=&\frac{1}{\log{10}}\left( \frac{1}{2}-\frac{-1+\frac{16\cdot10^{-14}}{2\sqrt{16\cdot10^{-14}}}}{\sqrt{16\cdot10^{-14}}} \right) \\ &=&\frac{1}{\log{10}}\left( \frac{1}{2}-\frac{-{2\sqrt{16\cdot10^{-14}}}+16\cdot10^{-14}}{32\cdot10^{-14}} \right) \\ &=& \frac{1}{\log{10}}\left( \frac{1}{2}+\frac{{8\cdot10^{-7}}-16\cdot10^{-14}}{32\cdot10^{-14}} \right) \\ & \simeq & \frac{1}{\log{10}} \left( \frac{1}{2}+\frac{1}{4}\cdot10^{7} \right) \\&\simeq&1.085\cdot10^{6}\end{eqnarray} \)

となる。

 このことから、滴定曲線の中和点での微分係数が無限大ではないことがわかった。

実際にグラフ描画ソフトでも確かめてみることにする。左図は滴定曲線、右図は\(x=1\)付近での拡大図である。(描画にはGRAPES Ver7.35を用いた)

 

f:id:itonayuta60:20171207062803p:plain             f:id:itonayuta60:20171207062925p:plain

右図によると、1の付近では\(x\)が\( 0.0000001(=10^{-7}) \)増えると\(y\)は約\(0.11\)増えていることがわかる。すなわち、\(x=1\)での接線の傾きは\(\frac{0.11}{10^{-7}}=1.1\cdot10^6\)であり、これは上で求めた値と有効数字2桁で一致する。

 

(2)弱酸と強塩基の滴定

酢酸は次のように電離する:

\( \mathrm{CH_3COOH} \rightleftharpoons \mathrm{CH_3COO}^- + \mathrm{H}^+ \)

また、この電離の平衡定数は反応中は一定であるものとし、これを\(K\)で表す:

\( K = \frac{[\mathrm{CH_3COO}^-][\mathrm{H}^+]}{[\mathrm{CH_3COOH}]} \)  (=定数)

このとき、水酸化ナトリウムが\(x\)L加えられ、加えられたOH-のうちの\(t\)molが中和したとすると、\([\mathrm{H}^+], [\mathrm{OH}^-], [\mathrm{Na}^+], [\mathrm{CH_3COO}^-],[\mathrm{CH_3COOH}]\)の間には、次のような関係がある。

水のイオン積より

\( [\mathrm{H}^+][\mathrm{OH}^-]=10^{-14} \cdots(2.1) \)

水酸化ナトリウムを加えられた量は\(x\)molなので

\( [\mathrm{Na}^+]=\frac{x}{1+x} \cdots(2.2) \)

酢酸の電離平衡より

\( \frac{[\mathrm{CH_3COO}^-][\mathrm{H}^+]}{[\mathrm{CH_3COOH}]} = K \cdots(2.3) \)

酢酸は最初に\(1\)molあったので

\( [\mathrm{CH_3COO}^-]+[\mathrm{CH_3COOH}]=\frac{1}{1+x} \cdots(2.4) \)

水素イオンのうち\(t\)molは中和したので

\( [\mathrm{H}^+]+[\mathrm{CH_3COOH}]=\frac{1-t}{1+x} \cdots(2.5) \)

水酸化物イオンのうち\(t\)molは中和したので

\( [\mathrm{OH}^-]=\frac{x-t}{1+x} \cdots(2.6) \)

未知数が(各濃度と\(t\)で)6個、式が6本あるので解けるはずである。

これを\( [\mathrm{H}^+] \)について解く。

まず、(\(t\)を消去するために)(2.2)-(2.4)+(2.5)-(2.6)を整理すると、

\( [\mathrm{Na}^+]+[\mathrm{H}^+]=[\mathrm{OH}^-]+[\mathrm{CH_3COO}^-] \)

となる。これは電気量保存則を表す。

 また、(\( [\mathrm{Na}^+] \)を消去するために)この式に(2.2)を代入すると、

\( \frac{x}{1+x}+[\mathrm{H}^+]=[\mathrm{OH}^-]+[\mathrm{CH_3COO}^-]  \cdots(2.7)\)

となる。

 さらに、(\( [\mathrm{CH_3COOH}]\)を消去するために) (2.4)を変形して

\( [\mathrm{CH_3COOH}]=\frac{1}{1+x}-[\mathrm{CH_3COO}^-] \)

とし、これを(2.3)に代入すると

\( \frac{[\mathrm{CH_3COO}^-][\mathrm{H}^+]}{\frac{1}{1+x}-[\mathrm{CH_3COO}^-]} = K \cdots(2.8) \)

となる。

 さらに、(\( [\mathrm{OH}^-] \)を消去するために) (2.1)を変形して

\( [\mathrm{OH}^-]=\frac{10^{-14}}{[\mathrm{H}^+]} \)

とし、これを(2.7)に代入し、その両辺に\({[\mathrm{H}^+]}\)をかけると

\( \frac{x}{1+x}[\mathrm{H}^+]+[\mathrm{H}^+]^2=10^{-14}+[\mathrm{CH_3COO}^-][\mathrm{H}^+]  \cdots(2.9)\)

となる。

さらに、(2.8)を\([\mathrm{CH_3COO}^-]\)について解くと、

 \( [\mathrm{CH_3COO}^-]=\frac{K}{(1+x)([\mathrm{H}^+]+K)} \)

であるから、これを(2.9)に代入して、

\( \frac{x}{1+x}[\mathrm{H}^+]+[\mathrm{H}^+]^2=10^{-14}+\frac{K}{(1+x)([\mathrm{H}^+]+K)}[\mathrm{H}^+] \)

となり、これを変形すると

\( [\mathrm{H}^+]^3+\left( K+\frac{x}{1+x} \right)[\mathrm{H}^+]^2+\left(\frac{x-1}{x+1}K-10^{-14}\right)[\mathrm{H}^+]-10^{-14}K=0 \cdots(2.10)\)

となる。

しかし、この3次方程式は簡単な因数分解ができない形なので、このまま(2.10)の両辺を\(x\)で微分する。

\( 3[\mathrm{H}^+]^2 \frac{d[\mathrm{H}^+]}{dx}+\frac{1}{(1+x)^2} [\mathrm{H}^+]^2+2\left( K+\frac{x}{1+x} \right)[\mathrm{H}^+] \frac{d[\mathrm{H}^+]}{dx}+\frac{2K}{(1+x)^2}[\mathrm{H}^+]+\left(\frac{x-1}{x+1}K-10^{-14}\right)\frac{d[\mathrm{H}^+]}{dx}=0 \)

\( 3[\mathrm{H}^+]^2 \frac{d[\mathrm{H}^+]}{dx}+\frac{1}{(1+x)^2} [\mathrm{H}^+]^2+2\left( K+\frac{x}{1+x} \right)[\mathrm{H}^+] \frac{d[\mathrm{H}^+]}{dx}+\frac{2K}{(1+x)^2}[\mathrm{H}^+]+\left(\frac{x-1}{x+1}K-10^{-14}\right)\frac{d[\mathrm{H}^+]}{dx}=0 \)

\( \left(3[\mathrm{H}^+]^2+2\left( K+\frac{x}{1+x} \right)[\mathrm{H}^+] +\left(\frac{x-1}{x+1}K-10^{-14}\right)\right) \frac{d[\mathrm{H}^+]}{dx}+\frac{[\mathrm{H}^+]^2+2K[\mathrm{H}^+]}{(1+x)^2}=0 \)

\( \frac{d[\mathrm{H}^+]}{dx}= - \frac {[\mathrm{H}^+]^2+2K[\mathrm{H}^+]} { (1+x)^2\left(3[\mathrm{H}^+]^2+2\left( K+\frac{x}{1+x} \right)[\mathrm{H}^+] +\left(\frac{x-1}{x+1}K-10^{-14}\right)\right) } \)

ここで、(1)と同様に\(y=-\log_{10}[\mathrm{H}^+]\)とすると、求めたいのは\( \frac{dy}{dx} \)であるから、

\( \frac{dy}{dx} = \frac{dy}{d[\mathrm{H}^+]}  \cdot \frac{d[\mathrm{H}^+]}{dx} \) より、

\(\frac{dy}{d[\mathrm{H}^+]}=-\frac{1}{\log{10} [\mathrm{H}^+]}\)から

\( \frac{dy}{dx}= \frac {[\mathrm{H}^+]+2K} { \log{10} (1+x)^2\left(3[\mathrm{H}^+]^2+2\left( K+\frac{x}{1+x} \right)[\mathrm{H}^+] +\left(\frac{x-1}{x+1}K-10^{-14}\right)\right) } \) がわかる。

ここで、\(x=1\)のときの\([\mathrm{H}^+]\)を求める。(2.10)に\(x=1\)を代入すると、

\( [\mathrm{H}^+]^3+\left( K+\frac{1}{2} \right)[\mathrm{H}^+]^2-10^{-14}[\mathrm{H}^+]-10^{-14}K=0 \)

となるが、この方程式は簡単には解けずこれ以降の計算も困難でもあるため、ここからは実際の酢酸のデータである\(K=10^{-4.76}\)を代入してコンピューターで数値計算を行った。

すると、\(x=1\)のとき\( [\mathrm{H}^+]=5.89542\cdot10^{-10}\),

\( \frac{dy}{dx}= 6400.87 \)となった。

実際にグラフ描画ソフトでも確かめてみることにする。左図は滴定曲線、右図は\(x=1\)付近での拡大図である。(GRAPESでは正しく描画されなかったので描画にはオンライン版Desmosを用いた。右図において、縦軸は\(x=1\)のところにあり横軸は細い1目盛りが\(10^{-5}\)に相当する。)

f:id:itonayuta60:20171210073130p:plainf:id:itonayuta60:20171210073404p:plain

右図において、\(x\)が\(10^{-5}\)進む間に\(y\)は約0.06増加していることが分かるので、この図からも\(\frac{dy}{dx}\simeq 6 \cdot 10^3 \)であることがわかる。

 

 

・・・本来は(2.10)をもう一度微分して\(x=0\)での2階微分係数を調べる予定でしたが、1階導関数ですでにこれだけ複雑になっているのでこれ以上の計算は諦めました。

 

というわけで、さまざまな\(K\)の値とそのときの\(\frac{dy}{dx}\)の表およびそのグラフ(両軸対数目盛)を載せて終わりにします。

 

\(K\) \([\mathrm{H}^+]\) \(\mathrm{pH}\)    \(\frac{dy}{dx}\)
0(極限) 2.0000*10^-14 13.6990             0.2172
 
10^-14 2.7321*10^-14 13.5635             0.2966
10^-13 5.5826*10^-14 13.2532             0.6061
10^-12 1.5177*10^-13 12.8188             1.648
10^-11 4.5733*10^-13 12.3398             4.965
10^-10 1.4242*10^-12 11.8464           15.46
10^-9 4.4821*10^-12 11.3485           48.66
10^-8 1.4152*10^-11 10.8492         153.65
10^-7 4.4731*10^-11 10.3494         485.66
10^-6 1.4143*10^-10   9.8495       1535.57
10^-5 4.4722*10^-10   9.3495       4855.62
10^-4 1.4141*10^-9   8.8495     15353.20
10^-3 4.4677*10^-9   8.3499     48507.22
0.01=10^-2 1.4003*10^-8   7.8538   152033.58
0.1=10^-1 4.0825*10^-8   7.3891   443250.01
1=10^0 8.1650*10^-8   7.0880   886899.89
10=10^1 9.7590*10^-8   7.0106 1059570.04
100=10^2 9.97509*10^-8   7.001083 1083032.00
10^3 9.997501*10^-8   7.0001085 1085464.87
 
∞(極限) 10^-7   7 1085736.20

 

f:id:itonayuta60:20171212171810p:plain

 

綺麗なシグモイドですね。

 

 

 

明日の記事は、integers_blog(せきゅーん)さんによる「Ramanujanの論文を一つ紹介します」です。